shio さんのブログエントリにコメントを書き始めたのだけれど、やはり長くなってしまったので自分のブログに書くことにした。
メイリオとは、Windows Vista に新しく搭載された日本語フォントの名前。
私は漢字Talk7 に搭載された日本で最初の和文 TrueType フォントの開発を間近に眺め、その後 Mac OS X 搭載フォントの仕様策定、書体選定とヒラギノ OpenType の開発にかかわることができた。フォントを巡る人たちとの幸運な出会いを通じて文字というものが大好きになったし、書体やフォントの話は気になる。
なので、マイクロソフトが新しいフォントを作っていると知った時、ものすごく良いものが出てきたらどうしようという不安と同時に、どんないい書体を見せてくれるのかなという期待が膨らんだものだった。
残念ながら、Vista に搭載されたフォント、メイリオは期待はずれだった。うるさいというのか、文面が迫ってきて思わず一歩引いてしまう。トゲトゲして読んでいて疲れる。Mac の画面に戻ったとき、ヒラギノは癒し系だと思った。ヒラギノは本文書体としては主張のある書体なのだが、メイリオの後に見るとほっとする。
メイリオの開発チームがゴールとしたと言われる可読性、読みやすい、という目標は難しい課題だと思う。何を以て読みやすいとするのだろう。どのような用途に対して読みやすくするのだろうか。大声のメイリオは、メニューなどぱっと読める必要のある短い文字列に向いているように思う。例えば Mac OS X は、メニューなどユーザーインターフェース要素は仮名を変えている。もしくはタイトルやスプレッドシートのリストに使ってもいいかもしれない。しかし、本文用としてはどうだろう。もちろんデザインには慣れや好みの問題もあるので、しばらく付き合うと意見が変わるかもしれない。
メイリオの残念なところは全く別のところにある。
それは小さなサイズでの字形だ。メイリオはビットマップデータを持っていないが、型になるビットマップを開発し、それに沿うようにヒンティングを調整したと聞く。それ故に画面で点画が省略されたり縦画や横画の間隔が不均一だったりするのだ。実装技術こそ異なるが、そういう意味でメイリオは小さい文字にはビットマップを使う従来の手法を踏襲したフォントだと言える。ちょうど Mac OS 9 の Osaka が平成角ゴシックとアップル製ビットマップの組み合わせだったように、メイリオという一つの名前の中に、アウトライン、12ドット用のイメージ、14 ドット用のイメージ etc. と、いくつもの異なった書体が混在していることになる。ユーザーが毎日目にするイメージは、実はアウトラインで表される「メイリオ」の姿から遠く離れたものなのだ。もちろん明確な意図あっての実装に違いないが、私は大変残念に思う。
もっと残念なところは仕上げの質の悪さだ。これについては元マイクロソフトの古川氏がブロクで指摘しておられるし、デザインを指揮された河野英一氏が御自らコメントで満足な品質にできなかったことを嘆いておられる。実際、先にあげたマイクロソフトの発表資料の最初の行を見るだけでも、大きさや上下のばらつきが目につく。これではデザインの意図が台無しだ。ユーザーインターフェースや発表資料に出てくるような頻繁に使われる文字だけでもなんとかできなかったのか。
これは私の想像だが、それは単に時間や予算の問題ではなく、上で触れたヒンティングという技術を用いていることが品質に影響しているのだと思う。TrueType のヒンティングを使うと文字数の多い和文において品質を揃えるのがとても難しくなる。別の言葉で言うと、この手法はスケールしないのだ。ヒンティングというのは簡単にいうとプログラムだ。一文字一文字にプログラムがくっついていて、そのプログラムが要求された文字のサイズに応じて、その文字のアウトラインの形を操作する。ある文字のヒンティングは別の文字には使えない。メイリオは約2万の文字を持っているので、文字ごとに一つずつ、2万のプログラムがあるところを想像するといい。その2万個のプログラムそれぞれが、様々な文字サイズにおいて破綻なくアウトラインを変形させて美しい文字を生成できなくてはならない。さらに、読みやすくするためには、一文字一文字がそれぞれに美しいだけではなく、文として組んだときに視線がきれいに流れるようにする必要がある。日本語は英語のように語の区切りがないので、漢字と仮名の間にリズムが保たれる必要がある。上のメイリオの例のように頭が出たり引っ込んだりするようでは困るのだ。
それぞれ独立に動く2万のプログラムが少なくともよく使われる文字サイズにおいて美しいイメージを生成し、かつお互い調和するように調整しなければならない。はっきり言ってそんなことできっこないのだ。またプロジェクトサイズの増大はデザイナーの関わりを間接的にしてしまう。それらが現在見る品質の原因になったのではないだろうか。
またそのような開発手法は、型となるビットマップの揃えやヒンティングの目標サイズといったものが存在するために、OS のグラフィクスシステムや表示デバイスの解像度の進歩に柔軟に対応できないか、もしくは対応に大きなコストがかかる可能性がある。あげく解像度が十分高くなり結局ヒンティングなど必要なくなる日がいつか来る。もしかしたら Vista の寿命のうちに。
実は Mac OS X は TrueType のヒンティング情報を使わず、アウトラインに表された形をそのまま画面に映し出す。メイリオを Mac OS X で見ると(ライセンス的に問題があるかもしれないが)メイリオの本来のデザインを味わうことができる。それを試した画面は検索するといくつか出てくるが、例えばこれを、先の Vista でのメイリオのイメージと比べてみてほしい。かなり印象が違うと思う。本文に使うとやっぱりこうるさいと思うが、とげとげしさはないし、英字とのバランスはさすがに秀逸だ。
私はぜひビットマップの呪縛を解いて本来のアウトラインの精度を高めたメイリオ2.0を見たい。メイリオは「MS 明朝ゴシックよりましだから好き」なんて言われるような書体ではないはずだから。
追記 (2007-3-3):Mac OS X で見たときのメイリオのイメージを確認できるもっとよいサイトがありました。ヒラギノと同じ文章で直接比べることができます。